【恋歌】 羅刹の華 番外編




「・・・という訳で、幾松姐さんの所へ手伝いに行ってくるでござるよ
 明日の昼には戻れると思うので・・・」

「判ったわ、いってらっしゃい剣心」



神谷道場を出て向かうは神田の桂の邸
先日、幾松から染井にある別邸をと一緒に片付けてほしいと頼まれ
これからを迎えにいくところである





「・・・・・・ね、姐さん?これは一体なんですか?」

「何って・・・着物に決まってるじゃないか」

「はぁ・・・って、ま、まさか・・・・・・」

「そのまさかだよ、観念おしっ」





剣心が邸の玄関を潜った時、奥から賑やかな声が聞こえてくる



「うわっ、ほんと勘弁してくださいっちょっ・・・ね、姐さ〜んっ」

「お黙りっ往生際が悪いよっ」



が幾松に遊ばれているのだと苦笑して侍女のお光に案内されるまま
居間へと向かう、その途中もぎゃぁぎゃぁと声が聞こえてくる
その会話の内容を聞いていると十数年前の事が思い出される


「まさか・・・」

「何がまさかなんだい?緋村君」

「あ、姐さん・・・おはようございます」

「あぁ、おはよう。それから、君っ早く入っておいでっ」

「は、はぁ・・・」



襖の向こうから姿を現したのは娘姿のだった
幕末の頃よりは落ち着いた、けれど艶やかな小紋を纏っている
髪を下ろし、いくらか色あせた剣心の贈った結紐でかるく纏めてある


「まったく、いつまであの格好をしているつもりなんだい?
 もういい歳なんだから、少しは女らしい格好をするべきなんだよ」

「はぁ・・・でも、男装の方が慣れているというか・・・」

「慣れとかの問題じゃないんだよっ緋村君!」


に見惚れていた剣心は幾松の声にびくっと肩を震わせる


「な、なんでござるか?」

「あんただってこっちの格好の方がいいだろう?」

「い、いや・・・どのような格好をしていてもでござるし・・・」

「こっの朴念仁!!」



ばしんと背中を叩かれて、と共に邸の外に放り出された

唖然としているの手を握り、剣心は染井に向かって歩き出した


「ひ、緋村・・・車(馬車)を使った方が早いよ?」

「いや・・・姐さんに歩いて行けと言われたんだ・・・
 あの様子だと何か企んでいると思っていいな・・・・・・」

「企んでるって・・・それよりもこんな格好で左之達には会いたくないなぁ・・・」

「大丈夫だ、今頃は道場で朝食を食べている筈だから」



そう話しながら、二人手を繋ぎ足を進める
剣心の隣を歩くの頬は薄っすらと紅がさし、その下にある唇は桜色に染められている
以前より幾らか大人びたその姿に剣心の胸が高鳴った

慣れない格好に歩調もいつもより遅くなるに合わせてゆっくりと歩く
擦れ違う男に牽制の意味も込めてそっと寄り添う
隣ではが剣心を見上げて嬉しそうに微笑み、剣心も微笑む
周囲に甘ったるい空気を振りまきながら目的地へと向かった













「・・・・・・ここの何処を片付けろと?」

「・・・まったくだ・・・」



別邸に着いてみれば整然としていて、二人が片付ける所など何処にもないように思える
声を掛ければ中から侍女が出てきて二人を案内した



「お二人にはゆっくりとしていただくように言付かっております」

「「は?」」

「ですから、奥様よりお二人にはゆっくりと・・・」

「「やられた・・・」」



がっくりと肩を落とす二人におろおろとする侍女
気にしないでと声を掛けると、ほっとしたように部屋を出ていく


「ま、姐さんの心遣いだ、ありがたく頂戴しよう」

「ん・・・」


苦笑混じりにの頬をやんわりと撫でれば、は渋々頷いた
十数年振りに二人でゆっくりと街を歩き、しかも普段見慣れない姿をしている
剣心は内心幾松に感謝した


何を語るわけでもない、静寂が二人を包むがどちらもそれが心地いい
懐かしい感覚に自然と頬が緩む
そのまま暫く二人は身を寄せ合い、背中を預け合って静寂を楽しむ

二人が再会してから厄介事が立て続けにあってこうしてゆっくりと過ごしたのは
初めてかもしれないな・・・とは思った



「君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな・・・」

?」

「ん?」

「歌か?」

「うん、私が東京に向かう時に佐助に持たせた歌があったでしょ?
 あの時はそう思っていたけど・・・今はこんな感じかな・・・って」

「・・・意味は?」

「内緒・・・」

!」



合わせていた背中を離し、剣心は背中越しに抱きしめる
はくすくす笑いながら後ろから回された剣心の腕に自分の腕を絡める


「俺だってあの時はと同じ思いだった・・・この命をかけて会いたかった」

「うん・・・」

「で、さっきの歌の意味は?」

「もう・・・一度しか言わないよ?」

「あぁ」

「“貴方に逢えるのなら命を捨てても惜しくはないと思っていました
  でも会えた今ではこの命が惜しくなってしまいました
  少しでも長く貴方と一緒にいたいから”」

・・・っ、やっぱり俺達は似たもの同士なんだな
 俺もそう思う・・・この先、ずっと傍にいてくれ・・・もう二度と離れたくはない・・・」


愛しい恋人を抱きしめる腕に力を込める
甘く柔らかなの香りが鼻を擽り、剣心の理性を緩める
そのまま手を着物の合わせ目にすべらそうとした時
遠くから侍女が歩いてくる音が聞こえ、剣心はゆっくりとを開放した


夕食を食べ終わって湯浴みを済ませ、用意された部屋に足を入れれば
先に湯浴みを済ませていた剣心が杯を傾けていた



「剣心、飲んでるの?」

「あぁ、も飲むか?」

「ん、少し貰おうかな・・・」


剣心の隣に座り杯を手に取れば、酒を注がれる
朱塗りの杯に注がれた酒は夜空に浮かぶ月を映していた
それをそっと口に運ぶと甘い酒の香りが口いっぱいに広がる



「なんか・・・懐かしいな」

「ん?」

「昔はこうしてよく飲んだよね」

「そうだな、あの頃はよく愚痴を言っていたな」

「そうだったけ?」

「あぁ、でも・・・あの頃とは違うな・・・」

「うん、こんなにゆっくりとはしてなかったもんね・・・」



血生臭かったあの頃、ぴりぴりとした空気の中で酒を飲んでいた
今はゆっくりとは半身を剣心に委ね杯を傾ける
剣心も空いた腕をの腰に回して酒を口に含む


・・・」

「うん?」

「もう暫くしたら、神谷道場を離れて・・・
 どこか、落ち着ける場所で一緒に暮らさないか?」

「剣心・・・・・・もう、流浪人はしないの?」

「そうだな、流れるのもいいかもしれないが・・・
 を連れて行くならどこかに落ち着かないと姐さんに怒られそうだし
 それに、流れなくても人助けはできる・・・」

「そうだね・・・これからも傍にいても、いいの?」

「あたりまえだ、ずっと一緒に護っていくんだろう?」

「うん・・・・・・」



絡まる視線、重なる唇
湯と酒に火照った身体を重ね合った              ・・・



























30000HIT キリリク きちぇ様 ありがとうございました!!
剣心甘夢とのことでしたが、いかがでしょうか・・・

本編の【疑心】にヒロインさんが書いた歌では会えるまでだったので
再会を果たした時用に用意していた歌を使用してみましたっ
百人一首から藤原 義孝です

この後きっと剣心はヒロインさんにその歌を書いてもらって
懐にしっかりとしまっていることでしょう(笑