【人質】
黒笠襲撃から夜も明けた早朝
朝靄の中を三人がゆっくりと歩を進めていた
「重症六名、軽症三名。黒笠事件でこんなに
被害が少ないのは初めてだってさ」
「計九名か・・・素直には喜べないでござるな」
「贅沢を言うねぇ、死人を出さなかっただけでも大したもんだぜ
黒笠・・・鵜堂 刃衛か、元人斬りで尚且つ今は精神に異常を来している
けど、こっちには最強の男達がいるからな、ま、なんとかなるってもんよ」
バシバシと剣心の肩を叩く左之助に「楽天家だなぁ」とは苦笑する
「そうでもござらんよ、拙者は維新後十年人を斬り殺すことを自らに禁じた
だが奴は逆に進んで殺し続けてきた・・・『人斬り』としてこの差はかなり大きい」
「鵜堂 刃衛がいつどこで二階堂平法を極めたかは知らないけど
初めて幕末の京都に現れた時、奴は新撰組隊士だったそうだよ」
「新撰組 ったぁ、幕府方最強の剣客集団、維新志士の宿敵じゃねぇかっ」
「そうでござる、実際、奴は何人もの維新志士達を斬った。
だが、それ以上に不要の殺人を繰り返し、その挙句隊内で粛清されそうになった所を
逆に返り討って新撰組を逃走、それから数ヶ月の後・・・今度は『人斬り』として
維新志士側に登場したでござるよ。」
「佐幕の次は勤皇かい、思想も主義もありゃしねぇな」
「刃衛にあるのは、人を斬りたいという欲望だけだよ
殺人欲だけで動く極めて危険な『人斬り』・・・と言ったところかな」
「あぁ・・・奴の狙いは拙者達でござる、相手は拙者とでするでござるよ
その代わりと言ってはなんだが、一つ頼まれて欲しいでござる」
剣心の頼みを聞き、左之助は神谷道場へ向かった
と剣心はそのまま足を進める
「本音を言えば、お前にも姐さんの屋敷に戻って貰いたかったんだがな」
「姐さんの所は大丈夫だよ」
「どういう意味だ?」
「屋敷に俺がいない間は『裏柳生』の者が詰めている
それは桂先生がいた時から変わらない」
「・・・そうか・・・・・・」
は桂が健在の時から暗殺等を避けるため
厳至に桂と幾松の警護を頼んでいた
それは桂の理想とする政治がの理想でもあり
桂と幾松に会うことも叶わない父母を映していたからかもしれない
その頃、神谷道場では薫が大騒ぎしていた
「また独りぼっちになるくらいなら
危険な目に遭う方がずっといいわ!!」
走り去る薫を左之助は複雑な表情で見ている
「・・・剣心と離れるのが不安でたまらないってか
相変わらずわがままな嬢ちゃんだねぇ、ま、恋心とわがままは切り離せねぇから
しょーがねぇか。でもなぁ・・・・・・にしてもお前は立場ねぇなあ」
「まーな、仕方ねぇさ。相手は剣心日本一の男だぜ、ちなみに日本二は俺だぞ!」
「ってぇと俺は日本三かい?ってかはどうなる?」
「?あいつ・・・やっぱり強えのか?」
「剣心が背中を預けていただけはあったぜ」
左之助と弥彦は自分達のいる庭の近くの木の上で
刃衛が会話を聞いていたなどと知る由もなかった
川原でと剣心は並んで腰を下ろしていた
この日の川は上流で大雨でも降ったのか増水している
「落ちたら一巻の終わりだな」と剣心が呟けば、は頷く
「こんな緊張感、久しぶりだぁ」
「お前・・・緊張感なんて言葉知ってたんだな」
「む、何でそんな意地悪言うのさ」
「元々お前に緊張感なんてないものだと思っていたからな」
「酷っ、『事態を重く考えても仕方がない、なるようにしかならん』って
いつも父上が言っていたからなぁ・・・緊張しても仕方ないんだと思ってた事もある」
「・・・・・・・・・(その父にしてこの娘在りという事なんだな・・・)・・・!!」
「緋村・・・!」
鋭い殺気を感じてと剣心は肩に預けていた刀の鯉口を切る
そこに現れたのは・・・

息を切らした薫だった
はその姿を見て眉を顰めると、そっと剣心の傍を離れる
薫はそのまま剣心の隣に座り泪目で話し始める
何を話しているのか気にならない訳ではない
でも、聞きたくない。のなかで薫が剣心に好意を持っている事だけは確信している
申し訳ない気持ちもある、でも剣心だけは譲れない
それと、この状況を解っていて行動しているであろう
薫の行動には苛立ちを覚えた
惚れた男の傍に居たいのは解る、しかし今の状況を考えると
自分が人質にでもなったら剣心は身動きが取れなくなる
例え人質にされなかったとしてもだ、誰かを守りながらの戦いに勝機は薄い
剣心に諭されたのか薫は立ち上がり、髪を結っていたリボンを解く
それを剣心に渡しているのを悲痛な面持ちでは見ていた
戦いが終わったら返しに来い、と言っているのだろう
その時、の視界に黒い影が入る
「!!薫さん!!!」
咄嗟に薫を突き飛ばし、柄に手をかけようとするが
鳩尾に当身をくらい意識が飛ぶ
「「!!」」
「うふふ、うふわははははは!!」
を小脇に抱え、まるで見計らったかのように川を下ってくる小船に乗る刃衛
先ほど薫がいた場所にはの刀が落ちている
「本当はその娘を攫おうと思っていたのだがなぁっ、修羅童子でも問題はないようだ!」
「刃衛、貴様ぁ!!」
「怒れ!怒れ!!昨晩こいつの腕を斬った時のように怒れ!
さすればお前は十年前のお前にどんどん立ち戻る!俺が殺してみたい
最強無比の非情の人斬りにな!!ここで待つぞ抜刀斎!」
斬奸状を投げつけ、笑いながらと共にその姿を消す刃衛
剣心は未だかつてないほどの怒りを露に刃衛が消えた先を睨み付けている
「け、剣心・・・わた・・・私・・・・・・」
「・・・薫殿、これを持って帰るでござるよ」
先ほど渡された薫のリボンとの刀を薫に渡す
薫は頷く事しかできなかった、それ程に今の剣心は恐ろしく見えた
剣心の手によって破り捨てられた斬奸状を拾い集め、道場へ戻った薫
縁側では暢気に眠っている左之助がいた
「何暢気に寝てるのよぉっ左之助!」
「んぁ?なんでぇ、嬢ちゃんか・・・・・・その刀は・・・のやつじゃねぇのかい?」
「どうしようっ左之助!」
「はぁ?」
「わ、私のせいでがっ」
左之助の前で泣き崩れる薫、左之助はぽりぽりと頭を掻きながら事の仔細を聞いた
「だから俺が言っただろーが・・・で、その紙切れはなんでぇ」
破かれた斬奸状をパズルのように合わせて読み
「助っ人にはならねぇかも知れねぇが、行くか・・・」
そう言いながら立ち上がれば、自分達もと薫と弥彦が付いて来る
「邪魔にならねぇ所でみてるんだぜ」と何を言っても無駄だと左之助は諦めた
夜、月が辺りを照らし始め、は小さな社の中で目を覚ました
自身を見れば両手両足は縛られていて身動きが取れない
外には刃衛が岩に腰掛、煙草に火を点けている所だった
「うふふ・・・目が覚めたか・・・」
「最悪な目覚めだよ」
「あの小娘が抜刀斎の女だと思っていたんだが・・・
まさか、お前だったとはな、修羅童子。女の身であの幕末を生き抜いたか」
「!!・・・どうしてそれを・・・っ」
「フン、お前を抱えた時に気づいたのよ。だが、これで抜刀斎は怒る
怒りは奴を往年の人斬りに立ち戻らせる
今の抜刀斎は腑抜けている、煙草一本吸いつくす間に倒せる
それじゃあつまらない」
「確かに、否定はしないさ。幕末に比べて緋村は弱くなったと思うよ」
「よく解っているようだな・・・話に聞いているだけで鳥肌が立つ程の強さを持つ
その抜刀斎とギリギリの一線で殺し合う、一番面白い人斬りだ・・・うふ、うふふふ
さて、うふ・・丁度零時・・・お喋りの時間はここまで、楽しいひと時の始まりだ。なあ、抜刀斎」
「・・・緋村・・・・・・」
林の中から現れた剣心、その目付き、纏っている空気さえ
が再会してからの剣心とはかけ離れていた
だが、はこの剣心を知っている。それは幕末の頃の姿だった
「うふ、いい目だ・・・怒っているな」
「ああ・・・薫殿まで巻き込み、それを庇ったを連れ去った貴様と
それを阻止できなかった俺自身にな・・・」
「上等上等、言葉遣いが幕末の頃に戻っている
あとはそのけったいな刀の刃を返せばそれで、伝説の人斬り様の復活だ」
ニヤリと笑いながら刃衛が刀を抜けば、剣心も逆刃を抜く
どちらが仕掛けるわけでもなく、剣心と刃衛同時に地を蹴る
「おおおおおおお!!」
「うふわっはー!!」
激しく刃の交わる音が辺り一面に響き渡った
刃衛は不気味に笑いながら刃を交え、剣心に心の一法をかけようと眼を見開く
「小賢しい!!」
それを剣心は剣気で弾き返し、間合いを詰める
「心の一方は通用しないと言っただろう!」
そして剣心は刃衛の動きの先を読む
紙一重で攻撃をかわしていき、その隙を付く
「う・・・ふふ・・・」
「!!?」
「緋村、避けろっ背車刀だ!」
が叫ぶが一瞬遅く、刃衛の刀は剣心の肩を突いた
鮮血を迸らせ地に伏せる剣心
は縛られた両手で懐にある小柄をなんとか取り出そうと躍起になる
「ぐっ・・・・・・」
「俺の動きを読んでいた様だが、『背車刀』までは読めなんだか・・・
まだだな、まだお前は幕末の抜刀斎には遠く及ばない
今のお前は煙草三本吸う間に殺せる・・・つまらないな、もっと怒ってもらおうか」
刃衛がに向かい踵を返した時
は何とか小柄を取り出し、拘束されていた両手両足を自由にしていた
近寄る刃衛に身構えるが、刃を向けられず拍子抜けしたを襲ったのは
刃衛の拳だった、それを避け、自由になった腕で払おうとした時、その腕に激痛が走る
見ればの腕に刃衛の指がめり込んでいる
「っっあ、あああああぁぁぁあああっ!!!」
「!?」

