【依頼】



道場に最後に足を踏み入れたのは
明治政府内務卿 大久保利通だった

は大久保に鋭い視線を向け剣心の隣に並び立った



「手荒な真似をしてすまなかった
 だが、どうしても君の力量を知る必要があった
 話を、聞いてくれるな」

・・・ああ、力ずくでもな



剣心もまた鋭い視線を大久保に向ける
そんな中道場の外で一つの気配がうごく

それに微かに反応したのはと斎藤だった



「フン・・・久々に熱くなれたっていうのに、途端に白けちまった
 決着はまた次の機会に後回しだな」

「命拾いしたな」

「お前がな」



剣心と軽く睨みあい斎藤は道場を出ようとしたところで
大久保と共に訪れている川路が声を荒げる



「斎藤!!」

「任務報告!緋村剣心・・の方は全く使い物にならない
 が、緋村抜刀斎・・・ならそこそこいける模様・・・
 修羅童子 に関しては幕末の頃と変わりなし
 いや、それ以上かもしれん・・・だが、そいつも狼
 飼い慣らすことは不可能だろう         以上」

「ったくあの男は・・・腕は警視庁密偵No.1なのだが
 どうも壬生狼の考えてる事はようわからん!」

「外に馬車を用意してある来てくれ」

「寝惚けるな、この一件に巻き込まれたのは俺一人では「緋村剣心!!」

「・・・?」

「今、俺の目の前にいるのは誰だ?緋村剣心じゃないのか?」

「あぁ・・・・・・そうでござるな、・・・この一件に巻き込まれたのは
 拙者一人ではござらん、話はここにいる皆で聞く」



剣心の口調にはほっ息を吐く
その横では薫が剣心に抱きつき、剣心の傷が開いて恵が手当てをしていた


「大久保卿・・・」

「言う通りにしよう、今は緋村との力が何よりも必要だ・・・」


大久保の言葉が聞こえていたは思い切り顔を顰める
そこへ左之助が口を開いた



「よお、凄えな・・・名前を呼ぶだけで剣心を正気に戻すたぁ・・・」

「ああ、名前っていうのは本人を表す一番身近な言葉だろ?」

「なるほどなぁ〜・・・・・・げ・・・」

「どうした?」

「あ〜・・・なんでもねえ(剣心が睨んでんだよっ、ったく話すくらいいいじゃねえか)」



剣心は恵に包帯を巻いてもらいながらもギンッと左之助を睨んでいた
どうやら斎藤がにやらかした行動が尾を引いているようだ(三十五話参照)







剣心の手当てが終わるのを待って
一同輪になって座り大久保が話し始めるのを待った

はその輪から離れ、壁に凭れて座った



「今更、回りくどく言っても始まらない
 単刀直入に話そう、緋村・・・志々雄が京都で暗躍している」



静かに口を開き発された言葉に剣心はピクリと反応する


「全っ然単刀直入じゃねーよ、大久保サン。誰なんだよ志々雄ったぁ」

「コラ口をつつしまんか!!」


「『志々雄真実』・・・拙者が『遊撃剣士』の役を負い
 新撰組などと闘うため裏から表に出た後
 『影の人斬り』の役を引き継いだもう一人の長州派維新志士
 ・・・・・・いうなれば『人斬り抜刀斎』の後継者でござる」

「人斬り抜刀斎の・・・後継者・・・・・・そんなのがいたのかよ」

「ああ・・・完全に影に徹した故、その存在を知る者はほとんどいない
 前任の拙者ですら直接の面識はござらん・・・だが、どういう事でござる?
 志々雄は十年前の戊辰戦争で死んだと聞いているが・・・」

「・・・・・・・・・」


訝しむ剣心の視線から逃れるように大久保は目を伏せる



「そうか・・・やはり志々雄は戊辰戦争で死んだのではなく
 同士に抹殺されたのでござるな」


「「「「!!!」」」」



「外部に漏れてはまずい裏の所業の実行者を
 更に秘密裏に消して安全を図る・・・あの荒んだ時代では珍しい事ではない
 ・・・あの時はああするしかなかった。志々雄真実は剣の腕も頭の回転の速さも
 お前達とほとんど同等の有能な実力者だった・・・およそ常人には理解できない程の
 功名心と支配欲を抱えた危険人物でもあった」



は大久保の語る言葉を静かに聞き、左近達からの報告と照らし合わせる
元々も維新志士で剣心の傍にいたため志々雄の存在は知っていた

だが、大久保の語る志々雄真実の事について違和感を覚えた


「・・・(復讐戦争・・・ねぇ・・・・・・そんな小さな男ではないと思うんだけど・・・)」


「・・・・・・もはや頼みの綱はお前達しかいない
 この国の人々のため、緋村、・・・京都へ行ってくれ」

「それって、つまり剣心とに志々雄真実を暗殺しろって事ですか」


剣心やが口を開くより先に言葉を発したのは薫だった
そして大久保に向けられる左之助達の鋭い視線


「・・・・・・そういう事になる」

「むろんタダでとは言わん、報酬は十分支払う
 加えて今まであやふやにしてきた違法行為を超法規的に認めよう
 例えば、阿片密売の高荷 恵の無罪放免         


川路の言葉には溜息を吐いたがその音は恵みが床を叩いた音にかき消された


「冗談じゃないわよ・・・取引の材料に使われて剣さんの枷になるくらいなら
 私は死刑台の方を選ばせて頂くわ」

「要するに全て明治政府てめーらが仕出かした卑劣な所業が原因なんだろ
 その尻拭いを剣心達にさせようたぁ大層虫が良すぎるんじゃねーのか
 剣心は不殺の流浪人としての生き方を選んだんだそしても一緒にいるんだ
 今更腐ったドロ沼に引きずり込む真似はちと黙ってられねーよ」

「無知な若僧は口を出すな!今は明治政府の存亡の危機なんだ!」

「薄汚ぇ政府なんざいっそ滅んじまえよ
 もっとも、それで普通に暮らす人達に迷惑かかるのはいただけねーけどな」

「明治政府の繁栄なくして人民の平和などありえんのだバカモン!」

「それがてめーらの驕りだってんだ!!」



はイライラとする気持ちを抑えながら
左之助と川路が掴みあっているのを見ていると
次に口を開いたのは弥彦だった


「明治政府がどーだこーだと言われても
 お子様の俺にはよくわかんねーけど・・・まかり間違えば
 剣心も同様に抹殺されてたかもしれなかった事は理解できたぜ
 今も昔も自分達の都合で暗殺だの抹殺だのオッサン達ちとおかしいぜ」


弥彦が話している間も剣心は黙っていた
自分は何をどうしたいのか、何をするべきなのか
何故は自分達から離れた場所に一人でいるのか・・・



「大久保卿・・・今あなた方が『人斬り抜刀斎』と『修羅童子』を
 必要としている事はわかりました
 けど、剣心は今『人斬り』じゃないんです、も・・・
 それにもう二度と剣心には『人斬り抜刀斎』になってほしくない
 私達は絶対に剣心とを京都へ行かせません




薫の言葉に遂にの怒りに火がついた


「いい加減にしろよ・・・本人無視して話進めてんじゃねぇっ!」


「「「「「「!!!??」」」」」」


今迄黙っていたがいきなり怒鳴った事に
薫達は驚きを隠せない



「京都に行くも行かないもそれは俺と緋村の気持ち次第だ
 外野がガタガタ言うことじゃねぇんだよ」



はゆらりと立ち上がり大久保の前まで足を進める
そしてが発した言葉に弥彦がいきり立つ


「なっ外野だと!?俺達は剣心とお前のことを・・・」

「あぁ、心配してくれてるのは解ってるさ
 だがな・・・俺達はガキじゃねぇ、自分の歩く道くらい自分で決めれんだよ!
 ・・・それから薫さん・・・・・・」

「な、何・・・?」

「俺の前で緋村を否定するようなことを言わないでくれ」

「否定・・・って、そんな事言ってないわよっ」

「言ってんだよ、抜刀斎になって欲しくないってね
 おかしいだろ?『人斬り抜刀斎』は『緋村剣心』
 即ち『緋村剣心』は『人斬り抜刀斎』でもある・・・
 だから抜刀斎になるもなにも緋村は抜刀斎だ
 それに、人斬り抜刀斎という過去があったからこそ今の緋村剣心がいる
 俺にとっては人斬りだろうが流浪人だろうが緋村は緋村だ
 俺が背を預けることのできる唯一の存在だ・・・」



眼を細め鋭い視線で薫を見据える
の言葉に誰も声を発することができない

剣心はというと俯いて顔を伏せているが、の次の言葉に驚き顔を上げることになる



「大久保先生・・・俺は京都へ行きますよ、山縣さんから聞いてませんか?」

「いや・・・聞いていないが・・・・・・行って、くれるのか?」

「ええ、もっとも・・・志々雄を暗殺するためではありませんが」

「なっ!っ貴様!!」


「うるさいですよ、川路さん。俺は大久保先生と話しているんです、黙っててもらえますか?」

「ぐ・・・・・・っ」


威圧感漂うにさすがの川路も黙り込んでしまう


「では、何をしに京都へ?」

「何故あなたに言わないといけないんです?」

「君は桂が生きていた当時、時折『桂小五郎の懐刀』として働いていた・・・」



剣心はある程度の事は知っていたがそれを知らなかった薫達は更に驚くことになった


「だから?俺は桂先生の指示だから動いた、それだけだ」

「明治政府は関係ないと?」

「ああ、関係ないね」


「っ!!」



に言い方に川路が怒りを顕わにするが大久保に視線で制され黙っている
剣心や薫達も口を挟める雰囲気ではないと黙って見ているしかない



「それに、俺・・・・・・あんた達薩摩志士が大嫌いなんだ」

「き、貴様ぁ!!!」

「だからうるせーって言ってんだろ、ぎゃあぎゃあ喚くのが仕事なわけ?」

「黙れっっ!!」

「俺はあんた達のやってる事、やってきた事・・・全て知ってるよ?」


にやりと哂う、その瞳は決して笑ってはいない
向けられる殺気に川路は青褪める



「・・・・・・私は君のその情報収集力が怖い・・・だが、志々雄程の脅威ではない
 それは君が私欲のためにその力を使わないからだ」

「随分と信用されてるんですね」

「桂小五郎がその身全てを任せていた程だからな」

「へぇ・・・ま、俺は自分のためにしか動きませんよ
 ただ、この身に降りかかる火の粉を払うだけです」

「そうか・・・・・・残念だ」



大久保はの気持ちが変わらないという事を確信して頷いた
だが、また別の事も確信している
それはが志々雄の一件で京都に戻るということだ

それから剣心に視線を戻して口を開いた


「緋村、これだけ重大な事にすぐ答えを出せと言っても無理な話だ
 一週間、考えてくれ・・・一週間後の『五月十四日』返事を聞きにもう一度来よう」


そう言い残し、大久保は道場を後にした








、本当に京都へ行くの?」


静まり返った道場に薫の声が響いた



「ああ、俺は京都へ行く・・・行かなければならない」

「何でだよ!?」

「行かなけりゃならない理由ってのは何でえ」



大久保のように引き下がることのできない弥彦と左之助はに言い寄る
その剣幕には溜息を吐き一言言った


「俺の一族が京都にいる、それだけだ」

「おいおい、それだけで俺達が納得いくと思ってんのか?」

「はぁ・・・御庭番衆を知っているお前達なら解るだろ?
 俺の一族は特殊な連中だから巻き込まれないという保証はない
 血筋に縛られるつもりはないが・・・俺はあいつらが闘うことを見て見ぬ振りはできない」

・・・・・・」



漸く剣心が声を発し、は剣心に視線を向けた
揺れる剣心の瞳に迷いを見出すとありえないほどの冷たい声で剣心を突き離す


「緋村についてきて欲しいなんて言わない」

!?」

「迷いのある者がついてきても足手纏いになるだけだ」

「っ!!!」

っお前!!」

「本当の事を言っただけだ、緋村・・・行くも行かないも緋村次第だ
 だけど、俺が行くからという理由なら来ないでくれ
 じゃあ、姐さんに話をしないといけないから帰るよ」



の言い方が気に入らない弥彦が掴みかかろうとするが
それをひらりとかわしては剣心に背を向けた

それを静かに見ているのは左之助
と剣心の事を知っているからこそ口を出せないでいた


そして図星を突かれた剣心は逆刃を握り締めを見送った




残された薫達は剣心を気遣うように視線を向ける
怒りのおさまらない弥彦は不満が口に出る



「剣心が足手纏いだと?の奴何様だってんだっ
 自分のためにしか動かないとか言って結局は・・・」

「弥彦!」

「な、なんだよ剣心・・・」

の事を悪く言うのはやめてほしいでござる」

「けどよぉっ、あんな言い方は「やめとけ、弥彦」

「何だよ左之助まで!!」

「もうお前は黙ってろ」



左之助はぶすくれる弥彦を摘みあげ、剣心をちらりと見て何も言わずに道場を出た
それにつられるように薫と恵は目を合わせて道場をでる





迷い揺れる気持ちのまま剣心は道場で一夜を過ごした             ・・・