【混迷】



揺れ惑う気持ちのままを見送った剣心は
翌日、神田へと足を向けた
そこにはの姿はなく、幾松が剣心を迎えた
幾松は剣心の顔を見るなり深い溜息を吐いた



「・・・・・・姐さん・・・」

「緋村君・・・今のあんたじゃ君に会わせるわけにはいかないよ」

「・・・っ」

「なんて顔してんだい、昨日の話は君から聞いてるけどねぇ
 とにかくお座りよ、まったく・・・手のかかる子だよ」


剣心は言われるままに幾松の前に腰を降ろす
呆れたような、それでいてどこか辛そうな表情で剣心を見る幾松



「何を迷ってるんだい?いや、違うね・・・何が怖い・・んだい?」

「姐さんっ?!」

「あんたをそんな風にさせちまったのは、うちの人達なんだろうねぇ・・・
 最期の時まであんた達のことを気にしていたよ」

「桂先生が・・・・・・」

「特にあんたのことはねぇ・・・自分の一存で人生を狂わせてしまったと」

「そ、んな・・・っ俺が『人斬り』になったのは自分で望んで・・・っ」

「そうだどしても、切欠はうちの人・・・桂小五郎の言葉だろう?」



幾松の的を得ている言葉に何も言えなくなる剣心
脳裏には当時のことが浮かび上がる

幼かった自分、『自分の穢れた血刀と犠牲になった命の向こうに
誰もが安心して暮らせる「新時代」があるんだったら         
そう言い心を決めたあの時・・・なんの迷いも恐れもなかった
だが、今の自分はどうだ?何かを恐れ、揺れ惑う心・・・・・・


「・・・そんなに君を失い、己を失うのが怖いかい?」

「!!」

「あの時の緋村君は見ていられなかったよ、今以上にね・・・
 それでも刀を捨てなかったのは何故なんだい?
 何の為にその刀を腰に挿しているんだい?
 刀を持ち続けるということは人を斬るということ
 例え逆刃であっても人を傷つけるということ、違うかい?
 君が言っていたよ『いつまで緋村は自分に刃を向けて
 自分を傷つけ続けるんだろう』ってね・・・」

・・・・・・姐さんの言う通り、を失って己を失うのが怖い、のかもしれません
 それに・・・自分の心の奥底にある『狂気』が怖い、そう思います」

「それは剣客なら誰しもが思うことじゃないのかい?
 だけど緋村君には君がいるじゃないか、そして君には緋村君がいる
 あの頃は自分達の持つ『狂気』から護りあっているように見えたけどねぇ
 互いに護りあおうって約束したんじゃなかったのかい?」



剣心は幾松の最後の言葉に弾かれたように顔をあげる
約束を、誓いを忘れていたわけじゃない
を失いたくないという恐怖が、『人斬り』に戻りたくないという迷いが
剣心の瞳を曇らせていた


「私はねぇ、あんた達には幸せになってもらいたいんだよ
 男なら覚悟を決めな、今すぐじゃなくてもいいから、さ・・・
 まぁ、今日は帰って一人で考えな。君のことは心配いらないよ
 緋村君の心が決まるまでは東京にいるって言ってたから
 それから最後に、君の想いも覚悟もあの頃と寸分も変わっちゃいないよ」

「・・・ありがとう、ございます。姐さん・・・・・・」



剣心は幾松に頭を下げ帰路についた

幾松の言葉と思いやりが幾許か剣心の心を軽くした
の想い、への想いを再認識して神谷道場の玄関をくぐった













剣心を帰してから幾松は後ろの襖を開けた
そこにはが俯いて座っていた


「・・・何時になったらあんた達は平穏に暮らせるようになるんだろうねぇ」

「姐さん・・・俺があの時、緋村の元を離れる事がなかったら、緋村は・・・」

「過ぎた事だよ・・・それにあの時は君の力じゃどうしようもなかった、違うかい?」

「それは、そうですけど・・・戻ってきた時すぐに会いに行けば良かった
 自分で捜したいとか言ってないで・・・そうしていれば何か変わっていたかも」

「たら、れば・・・そんなこと言ったって始まらないよ
 これからどうしたいのか、考えな・・・いつだったか言ったろ?
 自分の気持ちに素直になりなよ、君」

「はい・・・・・・」



は桂と幾松には自分の事を話していた
驚かれはしたが信じてもらえた
それからは幕末の頃以上に可愛がられ、家族のように扱われてきた
それが擽ったくも嬉しくて、もまた兄のように姉のように二人を慕ってきた

そして何よりも大切な剣心
以前よりはるかに心が脆くなってしまったように思える
その原因はきっと自分なのだろうと思う
幾松の言うように離れてしまった時、戻ってきた時の事を今更言ってもはじまらない
解っていてもどうしても考えてしまう
今の剣心は何時死んでも構わないと思っている、『生きる』という事に執着してほしい
剣心がを失うことを怖れているのと同じで
自分もまた、剣心を失うことが怖ろしい・・・


『剣心を失った時、私は私でいられるのだろうか・・・?』


は小さく頭を振り、空を見上げた














それから数日、剣心は普段通りに生活していた
ただ、そこにの姿はなかった


「よぉ」

「左之・・・珍しいでござるなこのような朝早くに」


左之助は庭先で洗濯をしている剣心に不服そうに顔を顰めて話しかけた


「うるせーよ、そんなことより剣心よ
 暢気に洗濯してる場合じゃねーだろ、どーすんだ返事、明日だろ?
 まさかとは思うがよ、大久保の話に乗る気じゃあねぇだろうな
 やめとけ、あんな胡散臭え話。私利私欲に凝り固まった政府連中の
 頭やってる男なんざとても信用できねーぜ」

「左之は心底明治政府を毛嫌いしているでござるな」

「おうよ、悪いか?」

「いや・・・けれど、もし大久保卿が他の二流三流の維新志士同様
 私利私欲で動いている様なら、斎藤が多分、既に斬り伏せているでござるよ」

「あの不良警官がか?ありゃ政府の密偵だろ?」


剣心の側で素振りをしていた弥彦が手を止め口を挟む


「いや・・・斎藤は拙者と闘う前、確かに『正義』という言葉を口にした
 身も心も密偵に成り下がった者は、そんな言葉をまず、口にしようとしまい
 だからと言って仲良く出来る男ではござらんがな」


最後の言葉に左之助達は激しく同意した
そこで左之助は気付いたことを思わず声にしてしまった


「そういやぁ、の奴は見かけねえな・・・」

「もう京都に向かってんじゃねーの?
 自分の為にしか動かないとかなんとか言っても
 どうせあのオッサン達の言いなりに「「弥彦!!」」

「・・・弥彦はあの夜以来、に対して辛口でござるなぁ・・・・・・」

「言い過ぎだぜ、弥彦」

「でもよ・・・」

「弥彦はの事をどこまで知っているでござるか?」

「そ、それは・・・・・・」

の『覚悟』も『想い』も知らぬ弥彦が今回の事に対して
 の事を悪く言ってはいけないでござるよ」



戸惑う弥彦に剣心は苦笑して言葉を続けた



にとって刀は『戒め』でござる、『覚悟』と手を血に染めた罪を忘れない為の・・・
 そして、その『覚悟』とは『人を斬る覚悟』・・・殺された者の苦しみ、辛さ
 残された者、残して逝かなければならなかった者の哀しみ、恨み全てを背負うという
 『覚悟』でござるよ・・・は拙者よりはるかに強い、その心の在りかたが
 それに、とても優しい・・・・・・」

「優しい・・・?」

「ああ、はいつも『自分の為に』『自分がそうしたかったから』そう言う
 遊撃剣士として志士になった時も『新しい時代を迎えたい自分の為に刀を振るう』と
 言っていた、弥彦・・・例えばでござるが、『弥彦の為に人を斬った』そう言われたら
 どう思う?頼んだわけじゃない、とか自分の責で・・・と思わないか?
 はこう言っていたでござる『何かの為にというのはその何かの責にしている
 そう言っている人達を非難しているわけじゃないけど、俺は何かの責にしたくない
 人を助けたいとそう思う自分の為に刀を振るう』と・・・
 だから先程の例えをに言わせるなら『俺が斬りたかったから斬っただけだ』
 そう言うでござろうな、自分よりも周りの人を思いやるのがでござる」



長々と話していた剣心は一息ついて薫と弥彦に「出稽古の時間でござるよ」と言った
その言葉に頷きながらも二人は自分達が持っていたの印象は
剣心の話すという人物からかけ離れていた事に気付いた

一方、左之助はニヤニヤと笑っていた


「(剣心が惚れ込んでるだけのことはあるねぇ、いー女だ・・・
 ってか女にしとくのもったいねえな、どこを捜してもそんな女まずいねえ
 その辺にいる女が恋敵なら嬢ちゃんも女狐も勝ち目はあったかもしれねえが
 にゃあ適わねえな、その前に・・・二人は恋人同士だから話にもならねえか)」


そんな事を考えていた左之助は薫達が出掛けた後、剣心と向き合った



「剣心よぉ、さっきは大久保の胡散臭え話はやめとけっつったけどよ
 の事は別だ・・・ホレてんだろ?」

「左之・・・」

「だったら行けよ、俺の知ってる緋村剣心はホレた女一人護れねえような男じゃねえ
 それとも、お前はホレた女も護れねえような男だったのかい?
 の言ってた事なら気にすんなよ、さっきお前も言ってたじゃねえか
 アレはの優しさ・・・ってやつじゃねえのか?」


「すまん・・・いや、ありがとう・・・左之」

「ハッ、らしくねーツラ見せんじゃねーよ
 だが、良い女じゃねーか羨ましいぜ剣心」


ニヤリと笑う左之助に剣心もまた笑った



その夜、左之助の言葉に励まされ
先日まで燻ぶっていた迷いや恐怖を振り払うように
剣心は前を見据え足を踏み出した













「覚悟を決めたようだね、いい顔になった」

「幾松姐さん・・・俺は自分の事しか考えてなかったようです」

「そうかい、でもそれは私より君に話しておやり
 君は自分の部屋にいるよ、ゆっくりしていきな」

「ありがとうございます」




数日振りにの顔を見ることになる剣心
緊張する自身を落ち着かせながら廊下を進む



「・・・

「剣心?」

「・・・・・・入っていいか?」

「うん・・・」



震える手にぐっと力を入れて襖を開けると、髪をおろし夜着を着た
寝る準備万端のがいた


「夜遅くにすまない・・・寝るところだったか?」

「構わないよ、で・・・どうしたの?」



ふわりと優しく笑うを目にして、剣心は堪らずを掻き抱いた


「剣心?」

・・・・・・すまない・・・俺は自分の事ばかりだ・・・
 お前を失うのが怖くて、己を失うのが怖くて・・・
 お前だって俺と同じように思っているかもしれないのに・・・
 すまない・・・、すまない・・・」

「謝ってほしくないよ、剣心・・・
 私は謝罪の言葉なんか欲しくない、私が欲しいのは・・・」

「愛している・・・俺の傍にいてくれ、二度と離れないでくれ
 俺は、お前がいないと『緋村剣心』でいられる自信がない・・・」

「剣心・・・私も、だよ・・・・・・」



の指が剣心の頬に触れる、優しく細められる瞳
唇に感じる暖かく軟らかい感触

剣心の瞳から一粒の涙が零れ落ちた            ・・・