【想い】





剣心がを抱えて部屋に戻ると、宿は怪我人で溢れていた
これは自分で手当てをした方が早いと、を部屋に連れて行く

行灯に火を燈し、明るい場所でを見ると
斎藤に刺された脇腹の他に肩から背中にかけて刀傷があった


「・・・土方・・・か」



呟き、新しいさらしと手桶に水を用意して戻ると、は意識を失っていた
剣心は慌てて刀を抜き、刃を口元に翳し刃が曇るのを確認して安堵の溜息をついた
そして襟元の併せに手をかけ少々乱暴に開くと
不自然な位置まで晒しが巻かれているのに気付く


「・・・?」



不思議に思いながらも袴と帯を緩め、晒しを解いていく
露になったのは白い肌にふくよかな双丘・・・



「!?・・・なっ」


剣心は衝撃のあまり手が止まる
上半身を露にしたから目が離せず、顔が熱くなる
手にした晒しから、ぬるりとした感触がしてはっと我に返り
新しい晒しを手ごろな長さに切り裂き水に浸して傷口を拭く
脇腹の傷は傷口は狭いが深い、背中の傷は浅く血は既に止まっていた



「・・・確か・・・は血止めの薬を持っていたな・・・」


そう言い悪いと思いながらも、の手荷物を探す
「印籠のようなものから出してきたな・・・」と記憶を手繰り寄せ
そして黒塗りの印籠を見つけると、それには二つの笠が並んだ家紋



「・・・見たことのない家紋だな・・・」


とりあえず印籠から薬をだし、傷口に丁寧に塗っていく
それが傷に沁みるのか時折が呻く
そっと抱き起こし晒しを少しきつめに巻いていく時
自分の肩にしな垂れかかるの柔らかい肌に心臓が跳ねる
先程自分を庇った時にも鼻を掠めた甘い香りが今また香り
かつて己の妻であった巴の香りとは違う、女の香りに身体が火照る

覚束ない手で夜着を着せ、布団の上に寝かせると
その時、ことりと剣心の膝元に細長い物が落ちた



「これは・・・小柄か?印籠と同じ家紋だな・・・の家のだろうな・・・」



やはり武家の者だったか・・・と嘆息し、小柄と印籠を枕元に置く
暫く様子を見ていたかったが、報告もあり桂のもとへと急いだ







「緋村です、失礼します・・・」

「緋村・・・はどうした?」

「負傷しまして・・・今は部屋で寝ています」

が?・・・そうか・・・で、怪我の具合は?」

「それほど酷くはありません・・・俺が手当てをしました」

「・・・判った、じゃあ報告を聞こうか」



一通りの報告を終え、剣心は桂に家紋のことを聞いてみることにした


「あの・・・桂先生、笠が二つ並んでいる家紋ってどこの武家でしょう?」

「笠が二つ?」

「はい、こう・・・並んでいるんです」


手でそれを示してみせると、それに桂の顔が顰められる


「・・・どこで見たんだ?」

「あー、今日・・・を探しに行った時です・・・」

「そう・・・か・・・それは、柳生笠だ」

「柳生笠?」

「そう、新陰流の本元であり将軍家兵法指南役を務めていた柳生家の家紋だよ
 たしか・・・江戸柳生はもう途絶えてしまっているはずだから
 緋村が見たのは尾張柳生の者かもしれないな・・・となると
 柳生家が何をしに京へ来たのか・・・」


思案するように片手を顎に持っていき渋い顔をする桂
剣心はどこか納得のいくような顔で頷く



「柳生家・・・ですか・・・(だから『新陰流』の遣い手なのか)」

「柳生家というよりは柳生一族だな・・・徳川家のみに仕えている・・・隠密にも多いぞ
 だが、家紋のついた物を持っているとなると・・・それなりの身分の者だろうな」

「そう、ですか・・・」

「どうした?」

「いえ・・・俺、の様子を見たいんで・・・」

「あぁ、そうだね」



失礼します、と桂の部屋を後にして
の眠る部屋へと足早に向かった











襖を開けるとが静かに眠っていることが判り、ほっとするも
足元に投げ出されたの刀に気づく

触るなと言われていたが、そのままにしておくのも如何かと思い刀を手に取る



キィ・・・ン


「!?」


我に血を ・・・ 贄を 捧げよ・・・
 血を求めよ ・・・ その手を血で染めあげよ!



「・・・っ、あぁぁぁっ」

「緋村!?」



鍔鳴りが聞こえたかと思ったら、剣心の視界は闇に覆われ足元は朱に染まっていた
頭の中に響く声が、思考を止める
剣心の声と異常な空気には飛び起きた
の瞳に映ったのは、自分の刀を手にし蹲った剣心の姿
脇腹の痛みを堪えて、剣心に駆け寄る



「触るなと言ったのに・・・っ、緋村っ俺だ・・・だっ、しっかりしろ!緋村 剣心!


氏名を呼ばれ、びくりと身体を震わせるとその手から刀が落ちる
肩で息をする剣心を覗き込めばその顔は蒼褪めて視線は定まっていない



「大丈夫か?緋村・・・」

「あ・・・あぁ・・・」


ほぅっと一息つき、側にがいることに驚く
は苦笑を漏らし刀を手に布団に戻ろうとするが、傷みに堪えきれず蹲る



・・・っ」

「・・・いた・・・って、俺・・・気を失ってた?」

「あぁ・・・手当ては俺がした・・・」

「そうか・・・ありがとう・・・・・・      って、ぇえ?」

「とりあえず横になれ」



ひょいっと抱き上げられ布団に寝かされると
は持っていた刀を枕元に置く、そのすぐ側に小柄と印籠が置いてあるのに気づき
それを察して剣心が口を開く


「お前が血止めの薬を持っていたのを思い出してな・・・悪いとは思ったんだが・・・」

「ううん・・・・・・で・・・バレた・・・よ、ね?」

「・・・・・・あぁ・・・」



先程のの肌を思い出してしまい、顔を赤らめる剣心につられての顔も朱に染まる
気まずい沈黙が続き、最初に口火を切ったのは剣心だった


・・・お前の事もあるが・・・その刀、お前が持っていても大丈夫なのか?」

「あー、うん。俺はなんともない、女だからね・・・その、毎月・・・血を流すだろ?」

「そ、そうか・・・」

「うん・・・たぶんね、父上がそう言ってた。前の持ち主は・・・
 人を斬った事のないような奴だったから・・・大丈夫だったんじゃないかな・・・
 ・・・そうでもないか・・・・・・結局この刀は大勢の血に染まった」

・・・?」



辛そうに顔を歪め、自嘲的な笑みを零した
枕元に置いた刀を自分の元に持ってくると、哀しげにそして愛しげにそっと撫でた



「ごめん、緋村・・・話・・明日でもいいかな?」

「・・・あぁ、そうだな・・・おやすみ。・・・」

「ん・・・おやすみ・・・」




行灯の火を消して、剣心は自分の布団に潜り込んだ
色々な思いが渦巻いて、眠れそうにない




弟のようだと思っていた、でもどこかでが女だと判って安堵している自分がいる
     ・・・くそっ、何なんだこの思いは・・・



巴と共にいた時は、あまりにも穏やかで己の感情の変化に気づくことができた
しかし、今は動乱の真っ只中で落ち着けること事態が少ない
そんな中、・・・が傍にいると安心できた
自分の背中を預けることが出来る唯一の朋友とも・・・
そう思っていた、いや・・・そう思い込みたかった
そのが女だと判って、剣心の思いは止まることなく溢れていく・・・









・・・知られたくなかった、男のままでいたかった
女であるという事が知れたなら、自分が女であるという事を意識してしまう
あんな思いは二度としたくないと・・・固く心の奥に閉じ込めたあの感情を思い出してしまう
だから男であろうと心に決めたのに・・・        




自分が女の身である事を隠し続けてきたの心に罪悪感と哀しみが溢れる
腕に抱いた愛刀はひんやりとして、彼の人を思い出させる



「・・・・・・四郎・・・     ・・・」



ぽつりと零した言葉は闇に吸い込まれて消えた・・・           






















 ・・・・・・四郎・・・      ・・・


消え入るような声で呟かれた言葉が聴こえた
その哀しげな声が先程の刀を撫でるの表情を思い出させる

剣心の心の内はどす黒い感情がとぐろを巻き始め
自分でも解らない感情に益々眠れなくなる





四郎とは一体誰なんだ・・・?は一体・・・