【迷子】
何もかもを失ってしまった ・・・
義も愛も全てを・・・己が選んだ道は間違っていたのか?
そして尚も生き続けている某はなんと浅ましきことか・・・
自分は死んだ筈だった、脇差を己の首にあて迷うことなく刃を引いた
なのに生きている・・・生かされている・・・何故?と問えば
『生きてください・・・』
と彼の人は言った
信義を守らんがために最も愛しい女性の愛を裏切り
義理の兄に刃を向けそして全てを失った男は
歴史の表舞台から姿を消して
近江(滋賀県)と山城(京都)の国境いにある
村の外れに建てられた庵にひっそりと暮らしていた
何をするわけでもない、日々の暮らしは自分を生かした男が
以前持ってきた己の財で苦労することもなく過ごしている
慣れない事といえば全て自分でしなくてはいけない家事であろうか
でもそれも随分慣れてきた
そんなある日、鬱々と考える日々に気分転換でもと山に入った
新たに芽吹く緑に瞳を細めながら散策していると
視界に入った朱、近付いてみれば血濡れの刀を手にした少年だった
「・・・っ、おいっ大丈夫か!?」
「う・・・」
「怪我はしていないな・・・」
「ん・・・ぅ、ち、ちちう・・・え・・・?」
呻きながら薄っすらと瞼を開け、顔を顰めながらもゆっくりと上体を起こす
数回瞬き辺りを見回すが今だ朦朧としているのかぼうっと呆けている
「おい、大丈夫か?」
「え・・・、こ、こは・・・・・・父上・・・?」
「某はそなたの父ではない」
「は・・・?あ、はい・・・え・・・えと・・・・・・」
「某は長政、そなたの名は?」
「や・・・・・・・・・、です・・・あ、の・・・ここは、どこでしょう?」
辺りを見回しても記憶にない風景
昨夜崖から落とされたが、その崖の形すら見えない
「ここは近江と山城の国境いだ・・・」
「え・・・?そ、そんなはずは・・・そうだっち、父上っ
あのっ、右目に刀傷があって隻眼の・・・こう、ぼざっとした髪型で
何度ぶった斬っても死ななさそうなおっさん見かけませんでした!?」
「・・・・・・・・・(自分の父御に向かって凄い言い方だな・・・)いや・・・」
「そう、ですか・・・まさか、奴等に・・・いや、父上に限ってそれはない・・・」
見るから気落ちした出会ったばかりのと名乗る少年に
長政はどうしたものかと首を捻る
「奴等・・・とは?この辺りに賊が出るとは聞いたことがないが・・・」
「え・・・えと、ここが近江と山城の国境いだとすると・・・
俺がいたのは・・・大和から伊賀を抜けて江戸に向かう途中だったんですが・・・」
「・・・方向が違うのではないか?」
「そうなります・・・よね?・・・・・・ってか俺・・・どこも怪我してない・・・?」
「見た目は・・・そうだな」
「・・・?俺・・・・・・崖から落とされた、筈・・・だけど、崖なんてこの辺りにないですよね?」
「・・・そうだな」
「「・・・・・・・・・」」
沈黙が二人を包む、混乱に陥っているのは紛れもなくと名乗っただ
長政は多少混乱はしているがどちらかというと疑問に感じることばかりだ
「・・・とりあえず整理をしよう・・・いいか?」
「あ、はい・・・」
「まず、大和から伊賀を抜けて江戸に・・・ということは東海道を目指していた」
「はい、そうです」
「だが、気づいたらここにいた・・・崖から落とされたと言っていたが・・・?」
「あ、はい・・・実は・・・・・・」
は昨夜あったことを長政に話した
ふむ・・・となにやら考える長政と向かい合ったままも考える
「ひょっとして・・・根来のクソ坊主に変な術でもかけられていた・・・とか?」
「いや・・・それはないだろう・・・・・・」
「そ・・・ですね、術といってもなにやら薬を使うようですし・・・」
思い出したかのようにそばに置いてあった刀を手に取り
言いながら懐から懐紙を出し、刃に付いた血を拭う
その慣れた手際に長政は目を瞠る
「手馴れて、いるのだな」
「・・・そうですか?」
「あぁ・・・」
「俺も、気になる事があるんですが・・・その髪、本物ですか?」
「は?」
「いや、金色の髪の人を見たことがなくて・・・」
が目を覚ましたときに一番に目に入った長政の髪の事を聞いた
長政は長政でいきなり何を言い出すのかと首をかしげるが
その後のの言葉にあぁ、と頷いた
「本物だ、そんなに珍しいものなのか?
某の妻であった女性は亜麻色であったし、それに
前田殿という御仁は某よりもうすい金色であったはずだが・・・」
「そ、そうですか・・・それと、長政・・・さんって・・・武家の方ですか?」
「ん?武家・・・か・・・・・・どうしてそう思う?」
「あの、話し方とかが・・・」
「そうか・・・そうだな、元は・・・そうであったやもしれぬ
が、今はこの先にある庵に住んでいる、ただの『長政』だ」
長政は哀しそうな、どこか遠くをみるような瞳をして苦笑した
その時、の目に入ったのは長政の首に一筋の刀傷
訳有りなのだと頷いた
それから漸くして、これからどうするのか話そうとした時には
真上にあった太陽も西に傾いていた
「ふむ・・・今日は家に泊まっていくといい」
「で、でも・・・」
「かまわぬ、某一人しかおらぬから気にすることもない」
「いやっ、あのっ・・・俺っていうか、私っお、女なんですけど・・・」
「は・・・?娘であると?」
「こんな話し方でこんな格好してますけど・・・娘・・・です、一応・・・」
一人で野宿などの経験はあまりないがあることはある
しかし父親意外と一つ屋根の下で眠るということはなかった
このまま男の振りをするという選択肢もあったが
長政の真っ直ぐな心を感じて偽ることなど出来なかった
一方、長政は驚きつつを見ると
たしかに娘に見えないこともない
というか娘だと思うと娘にしか見えない
整った顔立ちは中性的で、義理の兄であった人の小姓を思い出した
「何故そのような格好を?・・・いや、とにかく庵に行こう
このままだと夜になってしまう」
「はぁ・・・」
庵に向かう途中、は話した
父との二人旅、時折一人になることもあって
娘姿だと危険な目にあってしまうからずっとこのような格好をしてきたこと
そうしていると次第に言葉も男のようになっていってしまったこと
その話しに長政は頷いた、確かにこの乱世、娘であるよりも男であったほうが
危険は少ない、しかし最後のの言葉には唖然とした
「父上は娘と息子、両方いるみたいで喜んでました」
どんな父親だ・・・と、頭痛がしそうになった
庵に着いた頃、は改めて名乗った
「そうだ、俺・・・っとと、私『』です
父上と母上が付けてくださった名前は『』です
『』はこの格好をしている時に名乗れと父上が付けてくださった名です
どちらも私の名ですが・・・」
「・・・か、良い名だ・・・」
「あ、りがとう、ございます・・・」
長政の住む庵を目にしたは瞬いた
「・・・ここ、ですか・・・?」
「そうだが?」
「・・・(庵にしちゃ・・・立派すぎませんか?)」
元来、庵というのは僧侶や、隠者などの住まう粗末な家のことなのだが
長政の住む庵は立派であった、庭先には藤棚があり部屋数もあるように見えた
はここで長政は武家から大名筋の人であると見方を変えた
しかし、本人は『ただの長政』だと言うのだからそれでいいとその考えを捨てた
部屋に通されお茶を貰うと、は喉が渇いていた事を思い出した
暖かいお茶がの喉を潤す、ほ・・・と一息つくことができた
「、と呼んでもかまわぬか?」
「はい」
「某が見るところ、もその格好、話し方から武家の者に見えるが・・・」
「あー、はい・・・その、なんというか・・・」
目を泳がせながら言いよどむに長政は苦笑をもらした
「言いたくないのなら聞かぬ」
「いえ、そういう訳ではないのですが・・・武家、であったというか・・・
そうでもないか・・・(言っていいのか・・・主である将軍様を殴り飛ばして
掘割に叩きこんで家を飛び出した・・・なんて・・・)」
「まぁいい、言いたくなったら言えばいい・・・それよりも・・・
これからどうするのだ?」
「そうですね・・・父上を探さないと・・・・・・父上も私の事探しているでしょうし・・・」
「そうだな、しかし・・・色々と腑に落ちぬことが沢山ある・・・」
「はい・・・私が昨夜いた場所とここは全く違う場所で
確かに崖から落ちた筈なのです・・・なのに怪我一つない・・・
(それに、髪の色のことを聞いた時の長政さんの答え・・・)」
は髪の色を聞いた時の長政の答えに違和感を感じていた
自分にとって珍しいというかありえない髪の色が普通に存在している
いや、見たことがないわけではない九州に行った折に異国人を見たことがある
今、目の前にいる長政はまさににとって異国人そのものにも見えるが
目鼻立ちは自分達と同じものである、そして長政の答えにはさして珍しくもないことである
ということが伺えた。しかし、には珍しいことこの上ないわけで更に混乱を招いた
「ふむ・・・父御を探したいという気持ちも解るが・・・そなたが娘とわかるとなると
一人で旅に出すのは少々心配なのだが・・・」
「や、一人旅も慣れてますよ?あまり長い間は一人になったことはありませんが・・・」
「しかしだな、今だ乱世は続いておる・・・いつ戦が起きるやも・・・」
「乱世?」
「あぁ・・・確か昨年であったか・・・羽柴殿が播磨国(兵庫県南西部)の
三木城を落としたとか・・・風の噂に聞いたな」
「え?播磨って山陽道の・・・ですよね?」
「それ以外にどこかあったか?」
「いえ・・・私、大和に入る前に通ってきましたけどそのようなことは・・・
あ、九州からの帰りで・・・それに、戦って三十年程前の関ケ原以降
聞いたことがありませんが・・・」
「関ケ原?美濃国の?」
「はい、御存知ありませんか?西と東に分かれての大合戦
そしてそれに勝った徳川が・・・」
「徳川!?・・・徳川とは・・・家康殿か?」
「えぇ、それで・・・」
が話しを続けようとすると、がしっと肩を掴まれ
驚き目を丸くしていると長政はの額に手を当てた
「・・・熱はありませんよ?」
「そうだな・・・・・・三十年程前と言ったな?」
「はい」
「そのころ、家康殿は徳川とは名乗っておらぬ
その前に家康殿は今川家におったはずだが・・・?」
「え?・・・えぇと・・・・・・今って寛永十五年ですよね?」
「・・・・・・聞いたことのない年号だ・・・今は天正九年だ」
「「・・・・・・・・・」」
「えぇぇぇええええ っ!?」
にとっては六十年程前の時代の年号を言われ頭を抱えた
その向かいに座っている長政も同じく頭を抱えた
何かの衝撃でおかしくなってしまったのかと二人が考えた
しかし、どちらも嘘を吐いている訳でもなく思考も正常だ
先に冷静に戻ったのは長政だった
「おかしな話しだな・・・」
「私・・・嘘は言ってませんよ?」
「判っている、それに一度死んだ筈の某が生きているのだ
そのような話しがあってもよいのかもしれぬ・・・な」
「?」
「某の名は浅井長政・・・だ」
「へ?えぇっと浅井、浅井・・・・・・近江の?」
は旅の合間の暇潰しに読んだ歴史書を思い出していた
「確か・・・織田家に・・・・・・」
「そうだ・・・だが、今はその浅井はない
某はだたの『長政』なのだ・・・一度自ら手放した命なのだが
二度手放す気にはなれなくてな・・・それに、某に『生きてくれ』と
いってくれた御仁もいる・・・そして、こうしてに会うことができた・・・
某達は時代の迷子なのやもしれぬな・・・」
「時代の迷子・・・・・・そうですね
って、私の話し・・・信じてくれるのですか?」
「嘘を言っているのではあるまい?」
「そうですが・・・自分自身信じれなくて・・・」
言いよどむの頭を優しく一撫でして長政は微笑んだ
「某も信じれなんだ、目覚めたときに何故生きているのかと・・・」
「はい・・・でも、今が天正なのだとしたら・・・父上は・・・・・・」
「そなたと同じくしてこの時代にいるか・・・」
「いえ・・・それはないと・・・・・・」
「何故そう言いきれる?」
「崖から落ちたのは私一人・・・ですから・・・」
みるみるの大きな瞳に涙が溜まっていく
泣くまいと唇を噛み締め拳を握るを長政はそっと抱き締め
子供をあやすかのように背中を撫でた
が泣きやむまで優しく撫で続けた・・・・・・


最初に言っておきまっす
長政夢ではありませんよ〜ぅ
長政さんからは妹のように可愛がってもらってください(笑
次回はあのお方に登場してもらいます