【大返し】
本能寺の変が起きた、の中では一年程後の出来事の筈だった
長政は思い詰めた顔をしながらと向き合っていた
「・・・長政兄さん」
「・・・義兄上は、お亡くなりになってしまったのか・・・」
「市井の噂では明智 光秀様の謀反と・・・ですが、暗殺者がいたとも・・・」
「そうか・・・」
「この後、十日程で羽柴軍が山崎で・・・」
「十日だと・・・!?」
「はい、私の知っている事では『中国大返し』といって一週間足らずで
備中(岡山西部)から引き返してきた羽柴軍と山崎の天王山で明智軍は対峙
そして・・・光秀様はそこで・・・・・・」
「敗れるのか・・・?」
「うん・・・ねぇ、長政兄さん・・・兄さんはどうしたい?」
「?」
居住まいを正し、は長政に問う
真剣で真っ直ぐな視線が交わる
「兄さんを生かしたのは光秀様だ、兄さんが助けたいと思うのなら私が行く
策がないわけじゃないし・・・助けるっていうのはおかしいか
長政兄さんは光秀様に生きていてほしいと思う?」
「某は・・・それに、お前が行くというのは・・・」
長政の瞳が揺れる
は視線を長政から外すことなく見つめ続ける
「浅井 長政が今生きているのだから、これから明智 光秀が生きていてもおかしくない
私はそう思う・・・ねぇ、長政兄さん・・・兄さんは今はただの『長政』だと言うのなら
ただの『光秀』様のこれからをどう思う?私が行くというのは置いておいて考えて」
「某は・・・某は生きていてほしいと思う・・・
某に『生きてください』と言ってくれた光秀殿に『生きてほしい』と言いたい」
はっきりと言い切る長政の瞳はもう揺れてはいなかった
それを見てはにっこりと笑う
「うん、じゃあ・・・仕度しないとね」
「だが、が行くとは別の話だ」
「長政兄さん・・・大丈夫だよ。表立って動くつもりはないから」
「っ!」
「それに、羽柴軍にうまく潜り込みたいんだ」
「何を考えている?」
「ちょっとね・・・やりたいことがあるんだ」
悪戯っぽく笑うを長政は瞳を細めて睨む
長政にとっては大切な妹だと思っている
とて長政は大切な兄だ、だからこそやりたい事がある
どちらも譲れない思いがあった
「某が何を言っても無駄なのか?」
「無駄じゃないよ、兄さんの思いは解ってるし受け止めたい
それに、俺の腕は兄さんも良く知っているじゃないか」
「そ、それはそうだが・・・」
「大丈夫、大丈夫っ!戦しに行くわけじゃないんだし、ねっ」
「・・・・・・・・・解った。だが、怪我だけはするんじゃないぞ」
「は〜い」
「返事は短くしないか」
苦笑しながら長政はの頭を軽く叩くように撫でた
それからは長政と源治と共に策を練り始めた
源治は大和(奈良)の出身で話をしていると
源治の兄はの曽祖父にあたる(この世界では血は繋がっていないが)
柳生 石舟斎に仕えているという、後に柳生者と言われることになるだろう
は源治にも懐いていて、自分の事を話していた
それを聞いた源治は大変驚いていたが
別の世界にも自分達がいたのだと嬉しそうに笑った
「・・・だから、源治さんには光秀様にそっくりな人形を用意してもらって
光秀様をこの庵に案内して一次的にここに滞在してもらう
それから今、伊賀に用意している庵に移ってもらう・・・で、いいかな」
「そうだな・・・某はここで待っているしかできないのだな」
「そりゃぁ・・・まぁ、兄さんの顔を知っている人に会わないとは言えないから
辛いかもしれないけど、ここで待ってて」
「むう・・・」
何も出来ない事に顔を顰める長政には笑いかけて準備を始める
羽柴軍が山崎に到着するまであと僅か・・・
この日、は山陽道を見下ろす事が出来る山中にいた
羽柴軍が山崎に着くまであと二日ほどになった
日も落ちていて馬を繋ぎ、身体を休めていた
遠くから聞こえてくる地響きに、は閉じていた瞳を開けた
「もうすぐ・・・か」
大木に身を隠しながら山陽道を見下ろすと喧騒が聞こえてくる
「急げぇっ大返しじゃぁ!!信長様の仇、必ず討つんじゃぁ!」
全身を金色の鎧に包んだ男が先頭で叫んでいる
「あれが豊臣 秀吉・・・いや、今は羽柴か」
瞳を細め秀吉を見ていると、その側近くに女性の姿が見えた
「清正、正則、うちの人・・・秀吉のため頑張ってね。三成も頑張ってね」
「言われなくても頑張ってますよ」
「・・・損な子だねぇ」
会話がに聞こえるはずもなく目下を通る一軍を見つめる
秀吉の馬が既に限界に達しているのが解る
それにが気付くのと同時に秀吉の馬が崩れ
轡を並べていた男が秀吉を捉え、すぐ後ろを走っていた控えの馬に乗せる
「秀吉様・・・」
「すまん、三成」
「良い反射神経だ・・・洞察力も凄い・・・あの人は誰だろう?
それにあの女の人は?凄い格好してるけど・・・」
後に続く騎馬兵達を見送りながらは呟いた
「・・・あれ?」
「どうなさいました?おねね様」
「ん〜、気のせい、かな?」
「おねね様?」
「なんでもないよ、正則」
「はぁ・・・」
曰く、凄い格好の女の人、ねねはの視線に気付いていた
が、殺気があるわけでもないその視線は気にせず馬を走らせた
喧騒が遠のき、馬蹄の音も聞こえなくなると
は馬の元に戻り、眠りについた

